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浅間神社(戸奈良羽室)

2014年12月21日
戸奈良の浅間神社に久しぶりに行ってきた。

前回の富士浅間宮の影響で、以前行った浅間関係のところにもう1度行ってみようという気持ちになった。

ここは通勤でよく通るがいるも素通りしてしまう。


以前もこんな簡素にしか書かなかった。
http://kobo19720418.blog2.fc2.com/blog-entry-179.html


佐野地域で火祭りをやっている場所は3つある。
1つは前回の記事の富士浅間宮
http://kobo19720418.blog2.fc2.com/blog-entry-558.html

唐澤山の隣の浅間山
http://blogs.yahoo.co.jp/xbwgc030/57319091.html

そしてここでやっている。
祭りはまだ見たことないので見てみたい。

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中を見てみた。
雨が少し降っていたが、太陽の光が鏡に集まり神々しく感じた。





asamatonara02.jpg

浅間関係の石碑もたくさんある。




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石碑の後の昔の看板も何か味わいがある。
津嶋会館、今はないようだ。太田時計店、今でもある。



asamatonara04.jpg

石碑を一つ一つ細かく見たかったのだが、雨が結構降っていて見ることできなかった。



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田沼町史から拝借すると
「伊勢両宮太々御神楽」
「父母根元在天地令命 身体根元在父母生育 
 子孫相続在夫婦丹精 父母富貴在祖先勤功
 吾身富貴在父母積善 子孫富貴在自己勤労
 身命長養在衣食住三 衣食住三在田畠山林
 田畠山林在人民勤耕 今年衣食在昨年産業
 来年衣食在今年艱難 年々歳々不可忘報徳
 
明治5年9月                      」

日常の生活の戒めのようなことが書いてあった。

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講社の塔もあった。
真ん中の部分に講社という文字と講社のマークが書いてあり、メンバーの名前も書いてあったが、塔の風化も激しかった。




asamatonara07.jpg


質素な感じの神社だが、信仰心が厚くたくさんの石塔がある。

手洗い石は
「明治二十八年十一月三日 奉献 当所羽室 塩田貞蔵 外10名」と書いてある。

明治時代から信仰が盛んだったのが何となく分かる。
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田沼町史から調べるだけで

「明治七甲戌年三月吉之日」 浅間大神  講中」

「明治十年歳次丁丑寒十二月吉日 □間□   未詳」

「明治二十年九月日 磐長姫大神 願主 塩田菊三郎」

「明治十三年一月十日建 花岡玉姫命 孝孫岡勝治郎」

「明治三十五年十二月二十六日 高□□ 山菅治三郎」

「角行霊神食行霊神 願主□□たき」

とたくさんの石碑がある。時間があれば一つ一つ確認したい。

 磐長姫は木花開耶姫の姉。花岡玉姫命は調べて分からなかったが木花開耶姫の別名か?

角行霊神食行霊神、角行は富士講の開祖藤原角行食行は富士講指導者食行身禄





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道祖神も祭られてあった。
多分道路拡張のためにここに祭られたのだと感じる。
「天保三壬辰三月大吉日 道祖神」と田沼町史にも書いてある。
この神社の石碑よりも古い時代の道祖神である。



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講社の塔をもう1度見た。

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独特の富士講のマーク

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神社はトタンで建て替えられてありそれだけ信仰心を厚く感じる。



asamatonara13.jpg

裏には歴史を感じる石宮が祭られてあった。


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これがさっき書いた浅間大神の石碑かもしれない。



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いろんな人の信者の名前が気付かれている。

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晴れている日にもう1度来て調べてみよう。

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雨の中ゆかりんおつかれさんでした。




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