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2011年の賀茂別雷神社の夏の祭り2神楽殿調べ

2011年07月18日
 その1の続き




イベントが終わってから、神楽殿の方を見学させて貰った。

イベントよりも神楽殿の方がけっこう気になっていた。旧田沼町で昔から盛んだった神楽の人々の思いが何百年の詰まっていそうな気がしたので。



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 やはり歴史を感じるものがたくさんあった。

神輿があった。神輿担ぎも昔から続いている行事だが、佐野のとある町内会では担ぐ子供たちも減ってしまい、リヤカーに乗せて町内を歩いている話も聞く。それだけ地域の親睦が薄れてきてしまっている。


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比較的新しい神輿で、おそらく祭りの時は山越の子供たちや大人たちが担ぐのであろう。
階段のところに飾ってあった神輿のように。それだけ、まだ旧田沼町は佐野全体に比べれば町内会の親睦が盛んだと感じる。


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神楽の奉納者の額があった。名前は見えなくなってしまっている。

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ここにも奉納額がある。それだけ昔から賀茂別雷神社の信仰は厚かったのがわかる。デザインも面白い。

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神楽殿から祭りの片づけをしている最中のところを何気に眺めた。
人々の満足感を感じることが出来た。

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さのっことtiyoもまだいた。

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再び神楽殿の中を見ていた。菊澤社神楽殿石外中まで読めた。
もっと詳しく調査したかったので、機会があれば頼んでみたい。

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破れた太鼓に風流を感じた。
昔は盛んに太鼓を叩きかなり盛り上がったのだろうとイメージできた。

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比較的新しい奉納額。たくさんの人が寄進している。吉水地域に住んでいる私には、多田や山越のことは詳しくはわからないが、吉水の東明庵や榊神社や天満宮よりも信仰心が確実に厚いのと、この神社を中心に山越地域が成り立っていたのがしみじみと感じることが出来る。


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名字を見ていると、田沼地域のよくある名字だけでなくいろいろな名字が書いてあった。
多田山越地域のみならずこの菊澤山賀茂別雷神社に対して信仰心のある人がいろいろなところから参拝しに来ているようだ。




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しばらく奉納額を見て時間が経った。

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降りる前にもう1度神輿を眺めた。吉水の町内会の神輿よりも立派だなと何気にほくそ笑んだ。

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そして祭りを後にした。


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帰るまえに神社を参拝した。

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そして階段を降りた。良い日だった。

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階段下には現在使われていると思われる神輿が置いてあった。

旧田沼町の神輿担ぎは派手さは感じないが今でも夏祭りとして町内会で子供たちが担いでいる。
町内には大小かかわらず必ず神社があって、子供が集まって神輿を担ぐ。

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私も子供の頃によく担ぎ、お札を置きに子供たちで町内一件一件回って歩いた。パチンコ店(プレジャー当時南大門)とかにもお札を置いてった記憶もある。

そのような記憶がだんだん蘇って行く。
最近はしかし、子供たちが神輿を担ぐのを見ていない。だからまた見たくなってきた。





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