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新吉水第一公園を歩く
2011年05月06日
前回の記事の続き。
吉水城碑のある吉水第一公園を久しぶりに歩いてみた。
小さな公園だが、子供の頃は大きな公園だと感じた。当時はこのような公園はあまりなかった。近場に児童公園があったのだが、小学校に入ると幼稚園時代に仲のよかった子は皆田沼小学校に行き、私だけが吉水小学校に行ったので、友達付き合いがなくなり、小学校の友達は皆新吉水とかに住んでいた。
近くの駄菓子屋「こばやし」で駄菓子を買い、そしてこの公園に良く行ったものである。
新吉水にはもう1つ公園があり、当時から第二公園と読んでいた。
吉水城碑のある吉水第一公園を久しぶりに歩いてみた。
小さな公園だが、子供の頃は大きな公園だと感じた。当時はこのような公園はあまりなかった。近場に児童公園があったのだが、小学校に入ると幼稚園時代に仲のよかった子は皆田沼小学校に行き、私だけが吉水小学校に行ったので、友達付き合いがなくなり、小学校の友達は皆新吉水とかに住んでいた。
近くの駄菓子屋「こばやし」で駄菓子を買い、そしてこの公園に良く行ったものである。
新吉水にはもう1つ公園があり、当時から第二公園と読んでいた。
新吉水第一公園は、向かいの南部保育園の子供たちもよく遊ぶ。
城跡だったことを物語るかのように石垣の壁があるが、これはおそらく公園作る時に作ったのだと思う。
吉水城の石垣ではないと思う。
ここの木にも夏にはクワガタやカブトムシがいたりして、同級生が朝捕まえて学校に行き、見せびらかしていた。
子供だったのでかなりうらやましく感じた。
これらの木々は、子供の頃からあったと感じる。30年経っても公園はほとんど変わってなく、時の経過をとめてるかのようだった。
この滑り台も昔からあった。確実に当時の私たちと同じ世代の少年が遊び、そしてその子供たちも引っ越してなければ、遊んでいるのだろう。親子2代、もしくは3代でこの公園で遊んでいる人たちもいるのだろう。
どんぐりがたくさん落ちていた。
今の子供たちは拾って、工作をしたりしないのかも知れない。子供の時(幼稚園)はどんぐりが落ちていると、喜んで拾って家に持って帰ったものだが。
ノスタルジックな気持ちになって行く。
家からここまで自転車で来たが、当時はかなり遠く感じた。学校まで歩くのも遠く感じたが、今は犬の散歩で歩いたりするとすぐたどり着く感じだった。それだけ身長伸びて、体力も付いたのだと感じるし、子供のときの行動範囲はやっぱり小さかった。それでも子供なりにいろんなとこに自転車で出かけたと当時は感じていた。
桜の花も満開から散っていく時期にここに来た。もう1ヶ月前くらいの写真だ。
公園の向かいには、ご老人たちのゲートボール場があった。午前中はたくさんのご老人がここで楽しんでいるのだろう。
調度、踏切が鳴り、電車が通過すしようとしていた。ここに石を置いていたずらしたのを思い出した。
いつも見る東武線の電車。やっぱりこの時間だとあまり人は乗っていない。通勤時間でも降りることを考えて、前の方に座る人が多いから、そりゃここの車両には人はいないだろうに。
久しぶりに電車に乗って旅をしてみたくなって来た。自動車に乗ると、免停などがない限り電車を利用しなくなっていく。
今の時期、東武佐野線から見る田園風景はとても素晴らしい景色だと思う。そんな感じの記事を書いてみたくなってきた。
田沼のこの地域は、東武線の影響や、旧佐野市から近いのもあり、活気のある地域でもある。田沼町のイメージは、飛駒や野上地域の風景のイメージが強いのは確かだと感じる。その活気のある新吉水も20年前からあまり変わっていないのも少しばかり淋しい気持ちもするが、この電車がある限り田沼町は忘れられることはないだろう。
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