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2011年初午祭りその3太郎が見た風景その2

2011年03月11日

2011年初午祭りその2太郎が見た風景その1の続き。

射的の店は、中学生たちがにぎわっていた。

私も中学のとき、部活の仲間と一緒に射的をよくやった。

ついでに輪投げも当時はあって、小さなリキュール類を仲間が何個かゲットし、それを部活の練習場である、「唐沢道場」に行って、先生来ないのを良いことに、飲んで酔っ払って騒いでプロレスごっこをやっていた記憶がある。
酒を飲んで酔いが回り、皆手加減しないでエルボーやニードロップやチョーク気味のスリーパーホールドをかけたりして、かなり痛かったけど、酔っ払って笑いながら格闘していたものである。

そういうの思うと、昔はかなり世間は寛容で、今よりも悪がきが多かったような気がする。
しかし、陰湿さはあまりなかった。悪がきながらいまよりも勉強できた子が多かったと思う。



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しばらく射的を微笑みながら見ていた。中学生たちが実に良い笑顔をしていたからである。
みんなで応援し、ここを狙えやと言いながら射的を楽しんでいた。本当に良い光景だった。


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しばらく歩くと、車椅子のおばあさんが初午を楽しんでいた。

元気なときは歩いてこの歩行者天国を歩いていたのかもしれない。
いつまで経っても田沼の人は初午に行くのだと感じ、そしてなんか安心した。
車椅子の人をそれから何人か見た。
すばらしいことだと感じた。

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いつものダンスの少年たちがいた。毎年この伝統も終わっていなくてなんか安心する。


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私が小学生の頃からここで踊っているのを見ていたので、30年以上は歴史があり、踊りやスタイルも少し変動はあるが、同じような感じだ。
どうかこのダンスも終わらないで欲しい。


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何年か前に初午に行ったときもこのぬいぐるみが飾ってあったような気がする。
それぞれ店はほぼ毎年同じ場所に同じ店があるようだ。


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佐野南中の子供たちも初午に来ていた。ジャージですぐわかるし、おそらくわざとジャージで来たのだろう。

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小さな子供が実に楽しそうだった。初午は子供たちの祭りでもあり、そして大人になっても大人たちの祭りである。


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私は何も買わなかったけど、たくさんの人が店の雰囲気を楽しみながら歩き、そして何気に買う。
損得感情で普通なら高いと思ってしまうけど、やっぱり人々は買うのである。

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けっこう歩いたので、太郎を休ませた。
太郎は休みたくないような雰囲気だった。
太郎もほぼ毎年初午に行っているので、何か覚えているような気がする。
歩き方が慣れてきている。

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唐辛子の口上を今年も聞きたかったが、買う人に行き合わせられなかったので、口上を聞けなかった。今年はいつも来ている主人の奥さんらしき人が口上やっていたみたいで、女性バージョンも聞きたかったが残念だった。


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ここのおばちゃんが、太郎をかなり気にいり、しばらくここで休んだ。犬が本当に好きな人だった。

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少しずつ人も増え始めた。太郎が歩けないくらい人がたくさんいたときもあった。時間帯にもよるが、今年は一番少なかった気がする。昨年は用事があり行けなかったが。

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お好み焼きを焼いている姿が可愛かったから写真を撮らせて貰った。正面からの写真が撮りたかった。朝ドラのてっぱんの主人公の女の子とイメージがかぶった。

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お面をかぶり、道を歩くこどもたちを笑わせていた。たくさん売るために懸命だし、楽しみながら商売をしている。

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太郎を連れていく目的の1つを太郎はしばらく実践してくれた。
落ちてるからあげや焼き鳥やお好み焼きを食べるのが好きだ。これをおそらく太郎は覚えていて、喜んで初午に行くようである。

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いろいろな世代の人が初午に来ている。素晴らしいことだ。

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太郎も満足げだった。あと何回初午に行けるのだろうか?太郎ももうじいさんになったから。太郎と初午に行けなくなる時が来るのが今からなんかさびしい気持ちになっていく。

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中学の時にかなりはまってお金をたくさん使ってしまった数字合わせ。

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こういう店も昔からあったというか、昔のほうがもっとあったかも知れない。携帯やパソコンの普及により確実に昔よりは売れなくなったかもしれない。昔はもっとたくさん少年少女たちが集まり、真剣に欲しいものを探していた。


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そしてだんだん日も暮れ始めた。この日は天気がよくかつ暖かくて絶好の初午日和でもあった。
初午は寒くて風が強いイメージがあるのだが、最近は地球の温暖化が原因のようで、初午の日は暖かい傾向である。

子供の頃はべっこう飴の店がこのあたりにはたくさんあったのだが、最近見かけない。

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田沼をアピールするときに、最近はどまんなかたぬまと言うようにしているが、青年時代までは初午祭りのある町だと言っていた。東京の人でも、あー植木市かというくらい昔は有名だったけど、今はたぶん言っても知らない人が多いだろう。

小さな町の小さな祭りかもしれない。しかし、田沼を離れて暮らしている人が多い田沼の人々にとって、初午はいつまでも忘れることのできないものだと感じる。
という私は福岡や静岡や長野や京都に住んでいたときに、田沼を思いだしている時に、初午に行きたいやと思ったことはあまりなく、それよりもこの初午をやっている田沼の商店街を歩いたことをよく思い出した。もしくはしんこまんじゅうを食べたいやとたまに思ったりするだけだった。それは、いつか田沼に戻って来ると家族や自分自身に約束をしていたからである。

しかし、田沼を離れ東京や他の地域にの住民になり、仕事や家庭を抱えている人たちはきっと初午を良い思い出として今でも歩いてみたいと思っている人が多いに違いない。だから私もこのブログで毎年かかさず記事にしていこう。


食べ物編に続く。








※この記事は東北関東大震災の直前に書いた記事です。公開したのはかなり遅くなってからのことです。震災で悲しい気持ちになっているたくさんの方々のことを考え、すべてのブログなどの更新を自粛しようと思いましたが、震災地域に田沼町出身の人たちもきっといるかも知れないと感じました。
それなので、このブログの目的のひとつである田沼を遠く離れた田沼の人のために普通に更新することにしました。

大規模地震災害により被害を受けられた皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。
一日も早く復旧されますことを心からお祈り申し上げます。

両毛野糞 小堀好昭
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