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須花トンネル再び

2009年12月28日

 

 須花トンネルの明治トンネルに久しぶりに行ってみた。

過去2回このブログでも取り上げたが、須花トンネルは田沼でも変な魅力のあるトンネルである。

大正トンネルを写真で撮ったが、白い煙が大量に写り、最初はこのブログにも載せたが、怖くなって載せるのをやめたくらいである。

 

 

 確かにこの辺りは人気のない寂しいところである。

トンネルを越えたところにある沼周辺は自殺の名所でもあった。

しかし、ライダーやハイキングの人にとっては絶好のポイントでもある。

IMGP2082.jpg

 

 昔の人が一生懸命掘ったトンネルである。

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 恩讐の彼方に」を何となくイメージできる。昔の人が一生懸命掘ったトンネルだ。

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 もうすでに佐野市教育委員会の新しい表札になっている。

田島茂平氏の功績は偉大である。そしてこの地域は以前は「上彦間村」だったのが分かる。

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 夏場はたくさん地下水が溢れていて湿気の多い場所だが、冬はトンネルが乾いていてじっくり観察できる。

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 時たま、市の人が掃除に来ているらしいが、やっぱりこの次期は枯れ枝や枯れ葉がたくさん落ちていて歩きにくい。

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 夏はたくさん水が湧いていて、飲んだりするとうまい。

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 ついでに須花トンネルはたくさんのブログやホームページの記事にされている。

心霊スポットやツーリングなどの記事が多いけど。

http://www.roji-ura.com/reports/subana.html

http://www.occult-web.com/walk/kanto/tochigi/tochigi04.html

http://ghost.s20.xrea.com/famous/suhana.html

http://www.geocities.jp/tezou333/aa-totigi-2.htm

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/4641/page035.html

http://www.k4.dion.ne.jp/~sinrei/suhanatonnel1.html

http://www.tanteifile.com/onryo/jikenbo/0707/28_01/index.html

http://www.teruweb.net/spot/tochigi/003.html

http://utsunomiya.cool.ne.jp/tenro029/subanarepo.htm

http://www.k4.dion.ne.jp/~sinrei/suhanatonnel2.html

http://www.doboku.shimotsuke.net/subananomeijitonnneru.html

IMGP2090.jpg

 みんな好きだなというのが感想である。それだけ人気があるのだろう。

こっちのは普通に取り上げているサイト。

http://www.kimurass.co.jp/sengenhodou.htm

 http://www.jsce-tochigi.gotohp.jp/heritage/ashikaga/39.htm

http://www.geocities.jp/wahi150/totigitebori.htm

http://osanponikki.fc2web.com/050302_hikoma_sengen.html

 

IMGP2091.jpg

 

 この碑を読むと、須花トンネルの大切さがよく分かる。

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 「この須花坂は昔から交通の要地であった。遠い戦国時代はこの地を巡って東西両支配者の争奪戦が繰り返された。江戸時代になると、足利方面との交流が次第に増加し、この坂は人馬で混み合うようになった。さらに明治時代になると、荷馬車が普及したが、この坂を越すことが出来ず、人々はこの不便さを痛感していた。その頃、上彦間、下彦間、閑馬三か村の連合戸長を勤めていた上彦間の田島茂平氏は、村民の悩みを解決しようと、明治13年この坂にトンネル建設を計画し、有志の賛成を得、6千余円の資金が集められた。氏はみずから責任者となって、同14年工事に着手した。しかしながら、当時の人力にのみに頼る幼稚な技術では、工事は容易にははかどらなかった。その上、種々の障害もあり資金も不足をきたし、再度募集しても応じる人もなくこのままでは工事を放棄するよりほかはなかった。ここで氏は、地域将来の発展と住民の福祉を思い、私財を投げ出して工事を続行させ、ついに同22年1月このトンネルを開通させたのである。このトンネルの便利さに目覚めた村民は改めて氏を支援し、同25年トンネル内の木わくや排水溝等の整備工事を完成させた。」

 

 

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