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田沼家代々の墓と軍人の墓及び宮司さんの墓

2008年11月15日
太郎の散歩をしながら、中央公園付近を歩いていると、西林寺向かいに何気に史跡があった。

普段いつも何気に見ている景色だが、このブログにはまだ載せていないのに早速記事にしてみた。


ここには田沼家代々の墓がある。


田沼家は田沼吉次が田沼に住んでいたから田沼と名乗ったと記録には書いてある。田沼意次は田沼吉次の子孫である。





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田沼家関係の墓はここにもある。田沼重綱公の墓が私の先祖の墓の近くにある。

田沼の人でも何故田沼町なのか分からない人が多いと思う。





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言われてみれば、田沼町に田沼という苗字を名乗っている人は少ない。



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近くには開道記念碑があった。

昔はこの地域も田畑だったかもしれない。今はこの道も静かな裏道のような道になっている。散歩するのには良い。


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隣には、安蘇谷氏の墓があった。

安蘇谷氏は、一塀塚稲荷神社の宮司である。国学院大学の学長もしてらっしゃる名家である。散歩しているときは知らなかったが、調べていたらわかった。




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田沼にも日本や世界で活躍した人がたくさんいるのに気づいた。若かりし頃、私も大きな人物になろうと思っていたが、今はある意味挫折してしまって、この田沼でひっそり暮らしているのである。しかし、それは悪いことではない。田沼の素晴らしさが分かることも大人物と言えると信じる。


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隣には、自刃された軍人さんの墓があった。
戦争のときの田沼や佐野の状況を以前おじから聞いたことがあった。飛行機が落ちた話などを。しかし、そのおじも今は他界してしまった。死ぬ間際に東京から故郷のこの地に突然やってきた。やはり生まれた街に帰りたかったのだろう。

それよりも自分の祖父に戦争のときの話をもっとたくさん聞くべきだった。当時若すぎてじいさんの話など聞きたくなかったのと、じいさんもあまり戦争の話はしなかった。そして亡くなってしまったけど、あのときもっと話を聞いておけばよかったとこの史跡を見ながらふと思ったのである。



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もっと田沼にはたくさんの史跡、歴史がある。だからこれからも何気に記事にしていこう。




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