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梅田地区合併記念碑(もう一つの旧田沼)

2008年11月11日

以前の記事に「飛駒小跡地(水没)-もうひとつの田沼」でも取り上げたが、桐生梅田地区の1部(皆沢など)は、以前は田沼町に所属していた。


入飛駒小学校跡地の石碑から湖に沿って走らせていくと、合併記念碑も見ることができる。


ここは良く通るが、見落としていた。調度周辺の森林整理をしているときにこの記念碑を見つけることができたのである。






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合併したときは、入飛駒小学校にこの石碑はあったようだ。




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隣の小さな石碑がそう記している。



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当時はたくさん(そうではないか)の小学生たちが遊んでいるところにこの石碑は立っていたが、今はこのように寂しい場所に立っている。

しかし、夏になるとここにいろいろな人々がやってくる。その中の何人かの人はこの石碑に注目してくれるの違いない。そして過去の梅田湖のことが忘れないものに変わっていくのだろう。

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新しい石碑もあった。以前、湖の中に住んでらした人々もおそらくここにやって来て、昔のことを思いだすのだろう。

目を瞑り、通っていた学校や、公園や神社や商店などを湖の中に今はある風景を思いだしていくのだろうな。

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梅田湖は、今はワカサギの釣れる湖として釣り人たちが賑わう。またボートやカヌーをやったり、レジャーの役割をしている。以前ここに集落があったとは思えないくらい自然と一体化している。


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寂しいような気持ちでもあり、豊かな心が育みような気もちにもなった。






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サイトを見ていると、梅田湖を訪れる人はたくさんいるのがよく分かる。たくさんの人に愛されている地域でもある。

ここは空気がうまいのと、暖かい心を持ったお年寄りがたくさん住んでいる。

風景が素晴らしい。


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しかし、記念碑などを取り上げている人はあまりいない。だからこれを記事にしたのは非常に価値があることだと思う。

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