休憩してから歩いた。私が歩くのに困難な箇所が何箇所かあった。
このようながけや山道を歩いていると、死んだ友人のことをいつも思い出す。
転落して亡くなった亡骸を思いだしてしまうのである。
自分は転落したくはないと思ってしまうのである。

友人が死んでもう10年経つ。もし死んでなかったら、一緒に根本山へ登っていただろうか?おそらくやつはすでに根本山へは登っていたとは思う。そうでなければ、新潟の山まで行って沢登りをしようとは思わなかっただろう。
私の友人には山に携わる人が多い。そして私も今は山で働いている。

十一丁の石碑があった。根本山奥の院まであと十個このような石碑を見ることになる。
昔、奥の院では博打打が流行っていたそうだ。お上から逃れるまでここまで来て博打を打っていた江戸時代のやくざの根性はすごいと思わざる終えない。

ここまで来ると沢も細くなってくる。そしていろいろな碑が見られる。奥の院までもう少しである。

無名の滝がたくさんある。本当に美しい。

桐生川にこの水は流れ注ぐ。そして梅田湖まで流れそれから足利の小俣辺りで渡良瀬川に合流する。

たくさんの石碑があった。一つ一つじっくり見たかったが、じっくり見る余裕がなかったのが本音であり、緊張感が高まっていたのである。

根本山は昔から信仰心が厚い人々や博徒の人が崇めていたのが良く分かる。

何丁か忘れたがもう少しで辿り着ける。

緑の大きな葉をした木が綺麗だったので、写真に収めた。

何か、根本山の神の気を吸って大きくなったかのようだった。本音はもう登りたくない気持ちにもなっていた(^_^)

登山者に警告する札が立っていた。
今でもここにはたくさんの人が訪れる。
山好きの人には気楽に登れる山だが、私には危険な山だと感じてくる。

何の石碑かは分からない。しかし、修験道関係の人が昔建てたのだと感じる。たくさんの山伏がお経を唱えながら登ったのをイメージしてみた。

この辺りには当時はもっとたくさんの石碑があったのが伺える。
根本山信仰の深さに感動する。

奥の院と、根本山山頂の分岐するとこまで来た。
前回はここから道に迷って大変だった。

滝のような絶壁に近い崖を上がって行く。水があまり流れていないから良いが、大雨の時は本当に滝になるような感じで登るのは困難だろう。

梯子があった。梯子を使わないと登れない絶壁だった。梯子だったので逆に安心する。
もっと根本山に梯子を作って欲しいと願う。

奥の院に行くのにもっと大変なところがあるのを知っていた。サイトでいろいろ取り上げられているからである。
なので、油断はできなかった。

大天狗の石碑があった。本当に無事に行けるように、手を合わせた。

天狗が本当に住んでいるような気がした。
私は修験道は無理だなという気持ちが高まっていく。

そして、奥の院の手前まで来た。
少し安心したが、まじかよ、うーっという気持ちにもなった。
続く。
















