サイクリングロードの調度栃本小の近くでみつけたのである。
雑草が生い茂っていて、太郎が草むらに入らなかったら分からなかったと思う。
何か価値があるなと思った。
「田沼町をわすれない」はこういったあまり目に付かない史跡を載せることに意義があるように感じたからだ。

サイクリングロードの土手はこのように草で生い茂りまくっていた。田沼の唐沢山の麓ももう夏になっていく。

そんな草むらの中に史跡を見つけたのである。最初は墓かもしれないと思った。
しかし、コンクリートで敷いてあり、今でも信仰の厚い近所の人々が大切にしているのもよく分かった。

これは何の碑かは分からなかった。しかし、少なくとも100年くらいの歴史はある碑だと思う。
石が削れて判読が不可能だった。

一番手前の馬頭観音だけが、はっきりと名を刻んでいた。
しかし、故意的に切りつけられた跡があった。刀の傷だろうか?もしくはここに運ぶときに、傷ついてしまったのか、分からない。散歩している古老の人がいたら聞いてみようと思ったが、誰も通らなかったのである。

一番奥も馬頭観音だった。田沼は馬頭観音がよく祭られている。おそらくここも昔から重要な道だったかも知れない。そしてサイクリングロードとして今でも多くの人に利用されているのだろう。

下のコンクリートが、少し風化が進み、自分が乗ったら崩れそうになった。もうしばらくするとこの碑も傾いてしまう恐れがある。太郎も近寄ってきた。太郎の姿を見れば分かるように、少しここに行くには、雑草の中を入らなくてはいけなくて、困難だった。

まだまだこのような史跡がある限り、私の田沼町を忘れない巡りは続くのである。
そして、自分に都合よく話すと、田沼の古の史跡が、自分たちを忘れないで欲しいと願っているような気がしてくるのである。
これからも続けて行こう。
















