パート2だ。
鳥居の下では「佐野市民病院」の存続を願う署名活動をやっていた。確実に田沼、葛生地域は活気がなくなっている。だから病院もなくなってしまう。

しばらく露店を見ながら歩いた。たくさんの子供たちが来ていた。そして型抜きをやっていた。懐かしい。私もしこたま子供の頃には、この型抜きにはまっていた。ひょうたんの形や、蛇の形が高くて、成功すると、1000円、2000円もらえるのだけど、成功してもずるくて、少しかけているから500円ねと言われてしまうものである(#^.^#)

射的もあった。比較的私と同じ世代の人々が集まっていた。そしてギャラリーもたくさんいてにぎわっていた。
射的や輪投げもずるくて、倒しても下に落ちないともらえないし、輪投げも完全に輪が商品を囲まないとくれなかった(#^.^#)それは昔から変わらないもんだ。


この団体も、私が少年の頃から続いている行事である。変なロカビリーダンスを踊る集団だが、私は賛同した気持ちで見た。20年以上も続いていることはすばらしい。
神輿や念仏踊りも最初はこんな感じから始まったのだと思う。それが何百年もたって、伝統になったわけだから、このロカビリーダンスもいつまでも続けて欲しいのである。少年たちの笑顔実にすばらしかった。がんばれ!!がんばれ!!


私が子供の時にはなかったチキン焼きだ。去年の初午にもあったけど、今回きっちり写真に取れた。

外国人のローストビーフもあった。うまそうだが、高くて買う気がない。というか、基本的に露店で食い物を買わないようにしている。宣伝しときながらいい加減な男でもある(#^.^#)

確実に規模は毎年小さくなりつつある。私が子供の時に比べると、勢いが半分程度になってしまっている。だからこの風景を見ながら少しさびしい気持ちにもなった。いつまでも続いて欲しい。田沼の人は皆初午を愛する。

それがわかったのは、しんこまんじゅうを買おうとして、並んでいたら、自分の父親が前にいて饅頭を買おうとしたのを目撃したからである。そしてあたりを見回すと近所の知ってるおばちゃんたちや、その他のお年よりをたくさん目撃したからである。何歳になっても初午に皆行くのである。

初午名物の植木市の規模はかなり小さくなった。今は、花とかしか売ってない感じだ。カインズやカンセキに行けば、植木なんてすぐ買いにいけるから、やっぱり業者もここには来なくなって来ているようだ。

植木や花に集まる老人たちの気持ちを大切にして欲しいと思った。小さい規模ながらたくさんの老人が店に集まっていたからだ。
買うか買わないかは別にしても、東京の人でも数人知っている「田沼の植木市」は消えてはいけないなと思ったのである。

昨年の初午から今年度の初午までの間のこのブログの記事はかなり減った。
第一の理由は、今はパソコン教室で働いてなく、昼間は外回りをしていてパソコンを操作できないのが現状なのと、田沼めぐりをする暇がないというのも現状である。
このブログのファンの人に実に申し訳なく思っている。
なるべく更新しますのでこれからもよろしくお願いします。
















