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宝竜山総持院満福寺--外伝)佐野坂東板所もう一つの31番所

2006年05月10日
葛生牧地区にある総持院満福寺は、以前は佐野坂東第三十一番の札所だったようだ。葛生町誌にそのようなことが書いてあった。

現在の31番所は不動産蓮乗寺だと言う。

私は以前佐野の図書館でやっているHPを見て参考にしている。

佐野坂東巡りは時代が経つにつれて、お寺などがなくなったりもしたので、最初の巡り方やお寺なども少しずつ変わっていってしまっているようだ。

以前三十一番だからと言わずにやはり観音巡りは大切なので、さっそく行ってみたのである。



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上にお堂があったのだが、上がる前にご住職の奥さんらしきご老人がやってきたので、いろいろ聞いてみた。
話によると三十一番だという。しかし、今は佐野坂東巡りで来る人はほとんどいないという。詳しいことは分からないという。

しかし、このお寺は仮に佐野坂東でなくても立派な歴史のあるお寺である。



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今回はデジカメを忘れてしまい、携帯のカメラで撮影したのでうまく撮れてないかもしれない。お堂はいかにも佐野坂東らしく見ててうれしくなってきた。



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東明庵や、種徳院のお堂に近かった。おそらく時代が同じ時に建て替えられたかもしれない。感動した。



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三十一番のことが書いてあった。
雲谷禅師一行はここで観音経を唱えたに違いない。



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観音様は十一面観音菩薩だと奥さんがおっしゃっていた。観音様を見る事はできなかったが、うれしかった。ここまで辿り着いた30代の一般人は私だけかもしれないなという気持ちにもなったし、小さな町の中でも、数々の分からなくなってしまった歴史があり、それを垣間見ることができて本当に良かった。



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お堂の上には神社が祭られていた。
何の神社かは分からなかった。



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この地域は、いろいろな神社やいろいろなお寺が統合されて現在に至っているケースが多い。それも時間が経つにつれ分からなくなってくる。




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観音堂を後にした。観音様に出会えて本当によかった。




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本堂にも寄ってみた。本堂では不動明王が祭られている。




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総持院は、昭和三十一年宝竜山城竜院大福寺と名宝珠山総持院満福寺が合併し現在に至っている。
観音堂は大福寺のお堂だったかもしれないが詳しくは分からない。




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たくさんの歴史が潜んでいるお寺だった。新しく水子地蔵も祭られてあった。


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ここには、化石館でボランティアをしているときに暇だったので、観音経の本を読んでいていたく感動し、それから何気に葛生町誌を読んだら、佐野坂東の存在がわかったので、すぐさま思い立って行ったのである。後で行こうという気持ちになったら、おそらく行かなかったかもしれない。これが観音様の導きだったのだろうか?



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佐野坂東の2順目をするときは、必ずここ総持院もまた訪れようと誓ったのである。

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