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佐野坂東33板所第30番合掌山竜角寺跡地

2006年05月08日
佐野坂東巡りは去年一応は全部行ってきたのだが、実は完全ではない。
第22番磯山淵龍寺の観音堂は未だどこか分からないので、弁天様の所をお参りしただけなのと、また第30番合掌山竜角寺は廃寺になってしまい、第4番大庵寺の観音堂に移されたのもあり、4番の大庵寺に行った時に観音様だけはお堂の前でお参りしただけだった。

葛生町誌に竜角寺の跡地が書いてあったので、いかなくてはいけないと感じ行くことにしたのである。


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葛生町誌によると、以前は葛生小学校の仮校舎に使われるくらいの大きなお寺だったそうである。しかし、現在はこの石碑、石仏だけが竜角寺が以前ここにあったのを物語っているだけである。


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寺があった時から祭られていたのであろう。何かの神様だ。何とか神と書いてあるが、何の神様かは分からない。知識がなくて申し訳ない。

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調度この日は雨が降っていた。それがなおさら昔のお寺の跡地を淋しく物語っていた。手を合わせて、ここに来れたことを感謝した。

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しかし、今でも見た限り線香を上げに来て、お経を唱えにきているのだろう。線香たてが物語っている。地元の人々もここには以前観音様が祭られてあったことを知っているのだと思う。

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と思いながらもここまで来るのに、図書館の人や近所の人に聞いたけど、残念ながら竜角寺があったことは60代くらいの人も忘れていたくらいだ。そんな感じで神社仏閣に興味なければ、どんどん人々の記憶から忘れられてしまうのだろう。石仏はあるけど何の石仏かは分からない。私もブログをやらなければ分からないままで先祖の元に行っていたかもしれない。何よりも人々は今をしっかり確実に生きていかなければならないからだ。

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少し歩くと、秋山川の土手に出た。昔のここの地形を勝手に想像してみる。ひょっとしたら、この川で溺れた人たちの供養した石碑や墓もあったのだろうな。また、秋山川の川の流れを見ながら、雲谷禅師(佐野坂東巡りの発案者)一行がこの竜角寺に来て、熱心に観音経を唱えていたのだろうと。

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観音様の変わりに、ゲートボール場になっていた。しかし近所のご老人たちがここに来て観音様を拝むのではなく、ゲートボールをして体を動かし、コミュニケーションをし、いつまでも元気でいられるのだろう。観音様の恵であるのだと勝手に思う。観音様は人々の繁栄をいつまでも願っているからだ。

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佐野坂東2順目巡りをそう言えばしてない。今度は御朱印を集めようと思っていたのにいろいろなことに手を出してしまい、後回しになっている。本腰を入れて周らなければならないな。私は佐野坂東巡りを宣伝して、たくさんの人々にやって貰いたいと思っていたからだ。それで小さな町おこしが出来ればと思っていた。地域活性化が私の趣味だからである。しかし最近それを忘れていた。大いに反省し、1日でも早く佐野坂東巡り2順目巡りを実行したい。

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Comment
ありがとうございました。
なるほど。勉強になりました。ありがとうございました。
石碑の神について
それは「勝善神」です。
よーく見れば読めますがな。
栃木県内では、馬頭観音と同じとみられるようです。

様々なものごとを、主観を捨てて、観察する。
これに尽きます。

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