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白鳥大明神(吉水を歩く3)

2005年12月31日
散歩は相変わらず続いた。

吉水小学校を超えて美路川を見てみた。

私の父の代は小学生はこの川で泳いでいたという。私の世代はもう汚くなって、顕微鏡でプランクトンを見るときに川の水をすくうことくらいしかしていない。ついでにこの川は、田沼東中の横も流れている。

どんどん流れて菊川につながる。こんなに汚い川でも、菊川あたりになると綺麗な川になる。子供のころから不思議に感じてしまっていた。

湧き水が小見のどこかからあふれているのだろう。

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少し歩くと、小さな祠があった。
「白鳥大明神」と書かれていた。

何かすばらしい発見と感じながら、近づいていった。

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白鳥と書いてあるから、おそらく倭健命が祭ってあるのだろう。

先ほどの榊神社も白鳥神社から移されたようなことが田沼町史に書いてあった。まさかここから移されたのかと思った。史料がないのでわからない。

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ただいえることは、大明神と書いてあるから昔はかなり信仰されていたのであろう。この地域の人々が、豊作や蚕(この地域は昔は養蚕が盛んだったらしい)が丈夫な糸を吐くように村人たちが祈願したのであろう。

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もしくは、この地域の英雄か義民か偉い人を神様と白鳥大明神と混同させて祭ってあるかもしれない。または、昔ここに大きな家があり、その家の守り神として祭られたのかもしれない。
資料が見つかったら早急に書き直そう。
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小さな祠であったが、歴史を感じることができる。ここで大勢の村人が手を合わせたに違いないし。周辺で酒を飲んで踊ったかもしれない。

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この木はおそらくこの祠と一緒に植えられたのだろう。しかし、何か新しく建てる雰囲気があり、何気に切り取られてしまいそうである。何か寂しく消えてしまう歴史かな。

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ある意味この地域の人々は昔から旧田沼町では豊かな地域だったのだろう。昔の史跡が少ないから。何よりも私の住んでる身近な地域で、ほかの地域と違い、言葉に表すのが難しい。

しかし、吉水地域の農家は私のじいさんの代はかなり貧乏していて大変だったような話を聞く。水のみ百姓がたくさんいた地域だったとも聞く。

産業道路が出来て人々は豊かになっていったと聞いたこともある。

もう一度この地域の人々から昔話を聞いてみたい。身近な地域の一昔前の話を聞くことによって、それを今度は私が伝えてみたいと思ったのである。

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