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御石稲荷

2005年10月24日
田沼町史に御石稲荷のことが書いてあった。

田沼町史より

「田沼小学校の西を一本杉へ通ずる農道の傍らに、石宮とその前に石の鳥居と手洗い石がある。この東の畑が社地で、治病・開運願いごと何でも祈願すれば必ずかなう霊験あらたかな神様として、明治のころまでは田沼・石塚方面の多くの人びとに信仰されていた。そのため昔は料理屋が三軒もここにあった。信者の中には、白木の鳥居・座布団などを奉納する人もあり、冬至の祭日には賽銭が、かますでで運ぶ程たくさんあったといわれてる。戦時中には、千社参りが多かった。御神体は丸い自然石で、通称御石稲荷と呼ばれている。」

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ここまで辿り着くのにまあまあ苦労した。田沼小学校の西側から探した。一本杉と呼ばれた地域を教えてもらい、行ったのだが、見たことないと言われた。探しながら何か必死こいている自分が楽しかった。

ようやく一本杉の田んぼで稲刈りをしている農夫に場所を教えてもらい辿りついたのである。ありがとうございました。

友人の家の近くだった。
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水汲み石もあった。だが、もう昔のように栄えてはいなかった。消え去っていく稲荷様だった。複雑な気持ちだった。

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御神体である自然石が祭られてあった。これを手にとって見たらばちが当たりそうだと思い、しばらく眺めていた。この場所も明治、昭和初期までは栄えていて、この神様に会いに行く人が多かった話を聞くと、何か今はこんな感じで切なくなっていく。

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女郎蜘蛛がいた。この稲荷様の素晴らしさ、偉大さを知っているのはこの蜘蛛だけかもしれない。忘れかけられていく歴史をここに書きとどめられただけでも私は幸いだと思った。これが田沼町を忘れないの本来の目的かもしれないと感じた。

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帰り際に、ここを通ったご老人に御石稲荷ですよね?と聞いてみた。しかし、わからないと言っていた。この地域は新興住宅街でもあるので、新しい世代の人々も多いのである。私自身。他の地域に引っ越したとしたらきっと稲荷様や石碑を見ても興味を抱きはしなかったろう。

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田沼にはまだまだこのような場所がたくさんある。今まではある意味メジャーな場所しか行ってなかった。これからが、このブログの醍醐味なんだとふと思い、次なる場所を目指した。

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御石稲荷は、以前に記事を書いた。 http://kobo19720418.blog2.fc2.com/blog-entry-227.html 田沼町史より 「田沼小学校の西を一本杉へ通ずる農道の傍らに、石宮とその前に石の鳥居と手洗い石がある。この東の畑が社地で、治病・開運願いごと何でも祈願すれば必ずかなう霊験あらたかな神様として、明治のころまでは田沼・石塚方面の多くの人びとに信...

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