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佐野坂東第1番引地山観音(日向寺)

2005年07月06日
佐野坂東第1番の引地山観音は、下野坂東27番でもある。
護良親王のご落胤をこっそり産んだ寺という伝説ものこっている。
まさしく佐野坂東にふさわしい寺である。

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これがそうかな?と思ったのだが、薬師如来かどうかは忘れてしまったが祭ってあった。最近記憶力がかなりなくなってしまったな。

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歴史を感じる石塔がたくさんあった。スケールが大きかった。何か石塔や建物も大きい感じだ。
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御開帳記念の石碑も建っていた。新しかったので最近のものだろう。
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巨大な塔がやはり他の番所に比べて目だっていた。やはり1番所は違うなと思いながら進んだ。

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お堂もでかかった!大きいし、かなり歴史を感じた。また雰囲気が今まで回った佐野坂東札所と違っていた。豪快さがあった。何か武士が作ったお堂という気持ちになってきた。

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これもかなり歴史を感じたが、保存状態がかなり悪かった。歴史を感じながらも何か寂しい場所であったのも事実であった。

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この絵馬も歴史を感じたのと何よりも建物自体が巨大だったので、豪快さが伝わってくる。やはり盗難防止か、もしくは木造が落ちないようにするためかどうかは分からなかったが、網がはってあった。

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閻魔大王が祭ってあった。佐野坂東では今のところ初めての閻魔様のお堂だと思う。
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馬神様も祭ってあった。馬の神様だというのは良く分かるが、かなりストレートな神様だったので、少しほくそ笑んでしまった。やはり武士色があらわれている。

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変わった石仏が祭られていた。顔の形や体のふくよかさが独特だった。何観音かは分からないけど、やはりこの石仏が旧田沼町にあったら、有形文化財になっていただろう。

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かなり風化してしまった石碑があった。何が書いてあるかわからない。何かの歴史があったことは消えてしまい、しかし何かあったのだということだけは石碑自身が話しかけているようだった。

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石碑が一つだけ傾いていたのだが、それが何かわびさびを感じてしまい、見とれてしまった。まっすぐ一直線にたってればいいだけではないという気持ちになり傾いていても美しさがある。人の世もそうなんだろうな。
でも、こういう石碑がかりに倒れていたり傾いていたら、勝手になおしたら怒られるのだろうか?

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もう何が書いてあるか分からなかった。わからないけど、これは自分にイメージでしかないけど、佐野の武士たちの争いや栄枯盛衰の歴史がにじんで湧いてくる。郷土史は全く分からないが、それでも雰囲気や感性、あくまでもただの空想でしかないかもしれないが佐野の武士や昔の佐野の人々の歴史がしみじみと感じ取れるのである。

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やっぱり佐野坂東第1番にふさわしい場所だった。
合掌。

となりには日枝神社があったので行ってみた。

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Comment
新しくブログ作りましたー
参考にさせてもらいますネ~
こういうブログかけるってすごいですねー。またくるのでよろですw

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